新潟地方裁判所長岡支部 昭和43年(モ)112号 判決 1968年7月19日
債権者 理研製鋼株式会社
右代表者代表取締役 棚橋重平
右訴訟代理人弁護士 荒井尚男
債務者 株式会社大菱計器製作所
右代表者代表取締役 林光威
右訴訟代理人弁護士 棚村重信
主文
当事者間の、新潟地方裁判所長岡支部昭和四三年(ヨ)第七一号建築禁止等仮処分事件につき、同裁判所が昭和四三年五月四日なした仮処分決定を認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、債務者が、債権者から債権者主張の地番の土地の一部を転借していること、同地上に建物を所有しているところ、そのうちの一棟が昭和四三年二月に雪のため倒壊したので、同年四月いわゆるH形鋼を使用してそのあとに倒壊したとほぼ同じ面積の本件建築物を建築しようとしてその工事に着手したこと、は当事者間に争いない。
そして、債権者が債務者の右建築工事の続行禁止等の仮処分を申立て(当裁判所昭和四三年(ヨ)第七一号)、当裁判所は同年五月四日その旨の仮処分決定をした。
二、そこで、当事者間の本件土地転貸借契約の内容及び同契約が同年四月末に終了したか否かの点について検討する。
≪証拠省略≫によれば、次の事実が疏明される。即ち、債権者会社はその工場用地として、以前から、訴外川上又吉外九名の者から合計一二三四六・二〇平方米(三七三四・七三坪)の土地を賃借しているが、そのうち、訴外真島清作(別紙(1)記載の土地)及び同真島慶太郎(別紙(2)記載の土地)から賃借中の土地の一部合計四三一・五七平方米(一三〇・五五坪。別紙記載のとおり。前記のとおり本件土地という)を五五二・〇六平方米(一六七坪)として、昭和二三年四月に、訴外五十嵐久に対し、当時同地上に存在していた木造瓦葺平家建(通称守衛室)本屋八二・六四平方米(二五坪)、下屋八・二六平方米(二・五坪)を譲渡するに際し、建物の種類及び構造の定めなく転貸したが、その後昭和二四年九月二六日右建物及び土地転借権は栗原組こと訴外阿部儀三に譲渡され、更に昭和二六年一一月三〇日右建物及び土地転借権は右訴外阿部から債務者に譲渡され、以来現在まで債務者は右土地を使用して来ており、その間、右借地の実測面積は別紙記載のとおりであって当事者間に争いはない。右事実が疏明されるのであるが、本件土地の転貸借期間が当事者間で二〇年と定められたとの点については、≪証拠省略≫は措信し難く、その他右事実を疏明するに足るべき資料は見出し得ない。従って、債権者と債務者間の転借地契約の目的土地の面積は別紙記載のとおりであり、借地契約の目的については借地法三条により非堅固の建物所有、同契約の存続期間については、その定めなきものと、いい得ることになる。
してみると、右のように、本件土地転貸借契約の存続期間が二〇年であるという点についての疏明がなく、従って期間の定めのない契約といわざるを得ないのであるから、右昭和四三年四月末日に右契約期間が満了するということはあり得ないということになる。だから、≪証拠省略≫によれば、同年同月二〇日債権者から債務者に対し、同月末日限り本件土地転貸借契約の終了した後は同契約を更新しない旨通知したことはうかがわれるのであるが、その行為により何等の効果も生じるものではないというほかない(なお、仮に右四月末日限り転借地契約の期間が満了するとしても、本件借地上には後述のとおり三棟の建物が現存するところ、債権者側に右転借地契約の更新を拒絶するに足りるべき正当事由が存在するということについては、現段階では未だ疏明が充分になされたとはいい難い)。
三、そこで、次に本件建築物が借地法二条にいわゆる堅固の建物といえるか否かの点について検討する。
(一) ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 債務者は、前示のとおり本件土地を転借したのち、同地上に順次建物を建築し、現在、①木造瓦葺平家建工場八九・九一平方米(二七・二坪)、②木造瓦葺二階建事務所兼仕上組立工場一階八四・九二平方米(二五・六九坪)、二階六六・一一平方米(二〇坪)、③木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建廊下一九・八三平方米(六坪)の三棟の建物と、本件土地の西北部に建築中で後述の如き建築面積七二・七二平方米(二二坪)の本件建築物がある。本件土地の転借当時、本件建築物の敷地部分が空地であったので、債務者は昭和二八年頃そこに木造工場を建築したが、昭和三五年八月一五日火災で焼失した。そのため、その頃そこに木造倉庫を建築したところ(その際、債権者から右建築に対し異議は述べられなかった)、同建物は、こんどは昭和四三年二月二九日雪により倒壊した。そこで、同年四月二九日そのあとに本件建築物を建築すべく工事に着手したものである。
(2) 右本件建築物の建築工事は、当裁判所が昭和四三年五月四日発した建築続行禁止等の仮処分決定にもとづき同日その執行がなされたため、中止されているが、同建築物の構造の現況は、建築面積は約七二・七二平方米(約二二坪)で、雪で倒壊した旧建物の布基礎コンクリート(地面から高さ約三〇糎、巾約一三糎)の上に後述の一般構造用圧延鋼材(JIS三一〇一)に属するH形鋼(JIS三一九二)を土台として置き(この部分のH形鋼の寸法は、高さ一五〇ミリ、巾七五ミリ、高さの部分の厚さ五ミリ、巾の部分の厚さ七ミリ)、それを右布基礎コンクリートに塗りこめられ上部に一部出ているボルトを曲げて右H形鋼を固定したうえ、同H形鋼に右と同じ寸法のH形鋼を柱として立て、それに合掌及び二階ばりに相当する部分(但し、被告会社代表者尋問の結果によれば、本件建物は二階建構造ではなく、従って、右二階ばりに相当する部分は積雪荷重に耐えるために組立てられたものであることがうかがわれる)が同じ寸法のH形鋼を使用して組立てられ、かつ、ろくばりにも高さ一〇〇ミリ、巾五〇ミリ、高さの部分の厚さ四ミリ、巾の部分の厚さ六ミリのH形鋼が使用されており、ただ、もや及び胴廻りに後述する冷間成形軽量形鋼(JIS三三五〇)に属するリップミゾ形鋼が使用されている。そして、右各鋼材はいずれもボルトで連結されており、今後、屋根及び壁についてはトタンでおおう予定である。してみると、本件建築物の主要構造部のほとんどの部分がH形鋼で組立てられているということになる。そして、本件建築物はその完成後は倉庫として使用する予定である。
(二) ところで、建物が堅固であるか否かを区別すべき基準については、債務者が主張するとおり、借地法二条が借地契約の存続期間との関連においてそれを定めている趣旨から考えて、当該建物の有する耐久性、堅牢性の強弱により定められるべきであると解する。
そこで、前項(一)で認定したとおり、本件建築物はその主要構造部のほとんどの部分にH形鋼を使用して建築されているのであるが、その耐久性、堅牢性はいかなる程度のものなのであろうか。前(一)掲示の≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。即ち、本件建築物の主要構造部に用いられているH形鋼(JIS三一九二)とはH形の断面形状に熱間圧延された鋼で、一般構造用圧延鋼材(JIS三一〇一)の第二種SS四一に属するが、主要構造材が右構造用圧延鋼材で構成されているものを一般に重量鉄骨構造ということが認められるのであるから、本件建築物も結局重量鉄骨構造の建物であると認めるほかない(なお、軽量鉄骨造りとは、単に冷間成形軽量形鋼(JIS三三五〇)のみを用いたものに限らず、前記一般構造用圧延鋼材も混用して組立てられたものも含め、「鉄骨を主体とする軽量な建築」をいうものと認められるが、その主要構造部のほとんどを前記一般構造用圧延鋼材をもって構成されている本件建築物は、もはや右軽量鉄骨造の建築物とはいい得ないというべきである)。そして、一般にこのような重量鉄骨造建築物は、その資材自体不燃性であるし、強度も鉄筋コンクリート造の建築物に劣らないことがうかがわれ、ただ、被覆材で覆われていないため耐熱性、特に耐酸性に問題なしとしないが(主要構造部が肉厚の鋼材で形成されている重量鉄骨造の建築物の場合は耐熱、耐酸の時間が長く、それは、特に前示軽量鉄骨造の建築物と対比して明らかである)、特に後者については防錆塗料をくり返し塗ることにより腐蝕を防止し得ることがうかがわれるのであるから、右重量鉄骨造建築物は全体として著しく耐久性、堅牢性を有しており、借地法第二条にいわゆる堅固の建物に該当すると解するのを相当とする。従って、前示の如き本件建築物は(特に本件建築物の場合、前示のように土台部分が比較的高く、水滴等による酸化の点はかなり良好といえる)結局右堅固の建物であると認定するほかない。
四、このように、本件建築物は堅固な建物であると認めるのであるが、それならば、債務者の同建築物の建築は、いわゆる借地の用法違背といえるであろうか。
堅固の建物所有を目的とする以外の借地契約が締結されている場合において、その借地上の一部分に堅固な建物を地主に無断で建築したとしても、それが主たる建物ではなく、主たる建物部分は依然として非堅固の建物であるというようなときには、なお右行為は契約違背とはいい得ないと解されるが、前示のとおり(三(一)1)本件土地上には本件建築物のほか三棟の建物があるところ、≪証拠省略≫によれば、現在訴外株式会社岩淵電工に貸付中の木造瓦葺平家建工場一棟は八九・九一平方米(二七・二坪)であるし、債務者の従業員宿舎として使用中の木造瓦葺二階建事務所兼仕上組立工場は一階八四・九二平方米(二五・六九坪)、二階六六・一一平方米(二〇坪)であり、他の一棟は一九・八三平方米(六坪)の廊下にすぎないことがうかがわれるのであって、右建物と完成後は債務者の倉庫として使用することが予定される約七二・七二平方米(約二二坪)の前示本件建築物とを対比するとき、その規模、利用状況からみていずれが主たる建物であるかを断定することは困難で、いわば本件建築物も主たる建物の一つであると認定するほかない。そして、前示のとおり、本件土地の転借地契約は建物の種類及び構造の定めがないものであり、かつ本件建築物は堅固の建物であると認定されるところ、≪証拠省略≫を総合すると、債務者が本件建築に着手するに際し、債権者の承諾を得なかったものであることが認められ、右認定に反する被告会社代表者の供述は措信し難い。しかも、債権者の本件仮処分申請が権利濫用に属するということも、現疏明資料からは認定することは困難である。
してみると、債務者の本件建築物の建築は、結局借地の用法違背の行為であると認定せざるを得ない。
五、そして、非堅固の建物所有の借地条件を変更して堅固の建物所有の借地条件とする裁判の制度を創設したところの借地法八条の二の規定が施行された昭和四二年六月一日以後においては、借地契約の当事者間で右協議がととなわないときに、右裁判の制度を利用せずに用法違背(堅固の建物の建築)をなした場合には、原則として、用法違背による借地契約の解除が肯定されることになると解される。従って、≪証拠省略≫によれば、債権者から債務者に対し、本件土地転貸借契約解除の意思表示が昭和四三年五月二日附でなされ、それがその頃債務者に到達していることが認められるところ、前示のように債務者の本件建築物の建築行為は借地の用法違背であると疏明された本事件の場合においては、債権者の右本件土地の転貸借契約の解除は有効であると認定するほかない。従って、本件仮処分申請においては被保全権利の疏明があるものというべきである。
六、従って、また、以上のような規模、構造を有する本件建築物の工事がこれ以上進行されるときは、仮に債権者が本訴で勝訴の判決を得ても、その執行が著しく困難になるおそれがあるものというべきである。
七、以上の次第であるから、本件仮処分申請は疏明があるものとして認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渋川満)
<以下省略>